３．部会＜教育課程部会＞
野原 明
司会 始めに当会の委員長、福島成蹊中高学校の本田哲朗より講師の先生の紹介を申し上げます。
本田 こんにちは。夏休みに入った直後のご多忙の中、足を運んでいただきまして心から感謝申し上げます。先ほどの開会式でも何人かの先生から話がございましたけれども、東北の六県の先生方、今回の震災にあたりまして数多くの被害があったのではないかと思っています。それにつきまして心からお見舞い申し上げたいと思います。また今回は東北六県というんですが、新潟県を含めた東北七県ということで、私も非常にうれしく思っておりました。私も文化系の経営としては、東北七県というのは本来あるべき姿ではないのかなと思っています。戊辰戦争のときにも、やはり盾になりながら踏ん張っていただいた県でもありますので、そういった意味では、私も同じような立場で、同じスタンスで物事を指示することができるのではないかなと、楽しみにしておりました。
さて今日はテーマにもございますが、「学習指導要領の改訂と私学の教育」というテーマで、このあと野原明先生からもご講演いただきます。皆さんご存じのように、ゆとり教育のより戻しとしまして、学習指導要領が改訂されます。それに伴って、今まで私学のある種独壇場であった様々な取り組みが、公私の差が狭まってきている状況もございます。その中で私学がいかに特長をだして、生き残る、勝ち残って、その地域に影響を与えていくかというのが、これからの我々の取組みの課題ではないのかなと思っております。そういった意味で、今日野原先生から様々な示唆を交えたお話をいただけるのかなと思っております。当地の福島成蹊中学・高等学校が、今日明日務めさせていただきますけれども、よろしくお願い申し上げたいと思います。
それでは本日の野原明先生を紹介させていただきます。先生は大阪市の出身でございまして、京都大学経済学部ご卒業後、昭和33年に朝日放送株式会社の方に入局されておられます。その後昭和40年からは、ＮＨＫの方に入局され、報道局社会部記者として、あとＮＨＫの解説委員などを歴任され、平成5年にご定職後、同文化女子大学教授に就任され、主に教育課程担当ということでご教授されてきた経歴をお持ちでございます。そして文化学園杉並中学・高等学校の校長先生を歴任された後に、上越教育大学非常勤講師をされ、それ以外にいくつかの大学の方で客員教授というご経歴をお持ちの先生でございます。社会的活動としましては、東京私立中学校・高等学校協会の協議員を務められ、様々な分野で、主に教育課程を中心とした活動、研究されてきております。主な著書としましては、「日本の戦後教育50年」「母親のための教育学」等々がございます。これから90分にわたるご講演となりますけれども、どうぞよろしくお願い申し上げます。それでは先生よろしくお願いします。拍手でお迎え下さい。
（野原）
どうも皆さんこんにちは。本当に御苦労さまでございます。3月11日の大震災で犠牲になられた方々に対する哀悼の意を表したいと思いますと同時に、大震災とそれから原発の事故、被災されておられます東北地方の皆さん方に対し、一日も早く復興ができますことをお祈りしたいと思って、一言まず最初に申し上げたいと思います。その中で東北地区の研修会が予定どおり今日開かれる、本当にその熱意、ご努力に対して敬意を表したいと思います。
去年この話を受けまして、震災のあとはどうなるんだろうと思っていましたけれども、いや予定通りやりますよということで、本当にびっくりするやら、感心するやらで、こうしてできたわけでございます。今ご紹介いただきましたけれども、私は大学を出てすぐジャーナリスト、記者をやったわけでございまして、ＮＨＫの解説委員を昭和58年から平成13年まで18年間やっておりました関係で、結構テレビ、ラジオで、ＮＨＫの教育問題を担当して放送してまいりました。多いときは１年間で120回ぐらいやったことがあります。ちょうどいじめがあったころでありまして、その頃はよくテレビラジオに出ていたことがございますが、今日もまだ時々ＮＨＫの解説委員をやっています。ただＮＨＫ定年になりまして、しばらく文化学園大学、名前が変わりましたけれども、今まで文化女子大学と言われた大学で、教職課程の指導をしてまいりました。平成12年から今年の3月まで11年間、文化学園大学杉並中学・高等学校の校長をやれということで、そんなのできるわけないと言いましたが、どうしてもやれと言われまして、11年間とうとうやってしまいまして、やっとお役御免にしていただきました。その間いろいろなことがございましたけれども、それは今日お話しするテーマでございませんので、これから学習指導の問題について、若干お話させていただきます。
皆さん方ご専門でいらっしゃるわけですから、私が申し上げることは釈迦に説法ということになるのかもしれませんが、何かお役に立つことがあればというつもりでお話を申し上げたいと思います。
▼日本の子供たちの学力の現状
一応レジメなるものを配布していると思いますので、それに則してお話を申し上げたいと思います。最初に申し上げたいことは、日本の子供たちの学力の現状ということになろうかと思います。今の子供たちというのは、知識偏重であります。知識偏重になってしまっている。その結果何が起こっているかというと、自分でものを考える力を失ったというか、初めからつけられなかったと言うんでしょうか、考える力が非常に弱いということが背景にあります。そのことは、ＰＩＳＡの模擬筆記の国際学力調査を見てみましても、日本の子供たちの平均点の順位でありますが、こういうような形で下がってきている。数学などは最初の時は１位であったにも関わらず、どんどん下がって今は９位になっている。理科も２位だったのが、今は５位まで落ちている。読解力にいたっては８位だったんですが、それが１５位に落ちて、今回８位に戻ったということで、文部科学省が大変喜んだという話が、かなり情けない話ですが、本当は８位に戻ってから喜んでいる話じゃないんですけども、そういうレベルになっている。
これは一体何かと言いますと、今申し上げたように、考える力がないということにつながっている。考える力がないことの結果であると申し上げていいと思います。第１回目で数学が第１位であったとき、１位であったにも関わらず、その時の問題の一つがこれなんですね。こういう南極大陸のような非常に変わった地形があって、この地形のおよその面積を求めなさいという問題がでた。注釈がついています。これはおよその面積であって、正確な面積とは言っていない。にも関わらずこの問題について、日本の子供の反応といいますか、結果といいますか、実は50.8％の子供が無答であります。さわっていない。間違ったらまだかわいい。初めからこんなものは習ってないよ。私にはできないよとやっていないんですね。これはつまり日本の子供の考える力がない典型的な一つのデータであると私は思っています。これ簡単な問題ですね。皆さん方ご覧になってわかるとおり、おわかりですね。要するに長方形に直せばいいんです。長方形ですから縦×横で、簡単に面積がでる。正確な面積じゃないんだから。そんな簡単なことが、日本の子供は実はできてない。非常に重大な意味をもったものではないかと思います。
そんなことがあるもんですから、今回の学習指導要領の改訂の特長と言いますと、活用型、つまり課題解決の方に移行しているために、基礎基本的なものを活用してということが言われている。その中から思考力、判断力を育成するということが言われているんであります。これまでは今現在の学習指導要領もそうですが、そういう活用力というのも出来ておりません。生きる力、新しい学力観というのは、これまでも出てきたけども、活用型、思慮思考力、判断力が出てきたのは、今回の改訂が初めてであります。今申し上げたようなＰＩＳＡに現れた日本の子供の考える力の無さということが背景にある。
もう一つ申し上げれば、これも小学3年生でおやりになったかわかりませんが、全国一斉学力テストというのが行われた。今年度は震災の関係で無くなりましたけども、これまで既に4回行われたわけでありますが、文部科学省が、テストにＡ問題とＢ問題というのを作った。Ａ問題というのは、教科書に出ている問題。Ｂ問題というのは、教科書に出てきていない、自分で考えなければ解けないような問題ということでやった結果、何が起こったかというと、Ａ問題とＢ問題との間に、成績の格差が非常に大きかったというのがあるわけであります。
皆様方ご存じのように、小学校6年生も中学校3年生も、ＡとＢの間に相当な格差がある。ある年に、その差が非常に縮まっているのがありますが、それは実はインチキでございまして、ああいうふうに縮まったからＡとＢの格差が無くなったんだと思われたら間違いで、前の年格差がひどかったものだから、翌年そういう問題の数を減らしたという文部科学省の作為があって格差が縮まったというだけでありまして、けっしてＡＢの学力差は無くなっちゃいない。さらに繰り返すようですけども、思考力、判断力が乏しいということの内容を表しているのであります。
それからもう一つ、今回の学習指導要領の背景の特色を言いますと、ゆとりについてのことがございます。文部科学省が旗を振って、今の学習指導要領が受けている批判を、受けなくてすむものにしようと。先ほどの先生は、学力不足だ、学力低下ではないとおっしゃいましたけども、学力低下論というのを盛んに言われたことは、皆さんもご存じのとおりです。その学力低下論に対して、文部科学省としては何とか対応しなくてはいけないというようなのがあって、今回教育内容の拡充ということが、柱の一つとして入ってきたわけでございます。もう一つは学習の習慣をつけなきゃいけない。この三つが今回の特色の上げられているのが、三本柱として申し上げていいのではないかと思います。
▼学習指導要領について
こんなことでいよいよ今回学習指導要領の改訂が行われ、小学校は既に本年度から始まっているわけですが、20年の1月17日に答申が出て、そして3月の末に小中の学習指導要領が新しいのが採用される。21年の3月に高等学校の指導要領ということであります。今回特に言語活動であるとか、それから理数科系に力をつけなければいけないというので、中学高校とも理数科については、見直しというようなことは言われて、高校も来年度から理数については新採用になっているということもご存じのとおりでございます。
それでは今回の指導要領の改訂されているものは何かということになるわけでございますが、二つの柱と非常に関係があるわけでございます。一つが教科書の結果をみれば良く分かります。これは小学校中学校の教科書ですけども、全部内容が増えたというか、頁数が増えたということでございます。小学校でいうと、平均25％、中学校も25.4％増えていること。ただ中学校で言いますと、この平均25.4％にも関わらず理科と数学については、ご覧のように頁の増え方が顕著であるわけであります。理科にあたっては45％増えている。小学校の6年生の算数に台形の面積を求めるのが入ってきた。中学校の数学には、二次方程式解の公式が戻ってきた。あるいは球の表面積の求め方が中学2年生の数学に戻ってきた。このような形でこれまで高校に、あるいは中学校に上がっていたものが、また戻ってきている。それでは授業時間はどうなるのかというと、これはけっして増えてはいない。五日制も変わらないということでございます。開会式で中高連の吉田会長がご紹介しましたように、ちょっとだけ算数の扱いが変わるわけでございますけれども、結果としては増えるわけではないですね。1学年、2学年、3学年それぞれの時間数を動かしてもいいよということであって、けっして時間数で増やすことはできない。増やしていいということになっていない時間数の中で、中身を増やすということになっているわけでございます。ただ実際問題としては、国語とか理数とか、社会、英語などは時間数が若干増えることになってますが、中学校の場合ですけども、中学校が一年間で、980時間だったのが、1015時間になっています。したがって一コマ増やすことができるようになったんですね。その代わりに何が起きたかと言いますと、選択科目が全部、総合的な学習の時間が、最大300時間のところが190時間に減らされた。この選択的な学習時間と総合的な学習時間を減らしたことで、増えた時間を理数あるいは社会、英語に回している、こういうことでございます。中学校の理数は、今年から週に一コマ増えるということになります。とにかく時間はそんなに増えないのに、中身を増やしているという。そしてその一方で、そういう基礎的な学力を踏まえて、考えたり、あるいは判断をしたり、表現をしたりする勉強をさせなさいと言うことになっています。
活用型を考える前にですね、この中身を増えたということだけを考えてみましても、一体どういうふうにして学校で授業をしていったらいいかということについて、おそらく先生方そうとう困惑をしているんじゃないか。戸惑っていらっしゃるんじゃないかという気がいたします。教科書を全部教えなくてはいけないと考えるとすれば、これは一年間のスピードをあげるしかない。そんなことをするとどうなるかというのと、せっかく追いついてきた子供たちが、また落ちこぼれをたくさん生みだしてしまう。そしてその落ちこぼれをどうしたらいいかというと、やはり授業の教科書にある中身をどう取捨選択するか、あるいはどう考えて教育課程を踏んでいくかということが、非常に大きなポイントになってくるわけであります。
ポイントになってくるその問題を一体誰が考えるかというと、現場の先生が考えて下さいというのが、文部科学省の姿勢であります。ですから高等学校についていえば、中学校については現在一生懸命やっていらっしゃいます。高等学校についても手をつけて、再来年、教育課程をどう組んでいくかということについて、先生方学校で大変ご苦労をなさっているのではないかと、私は想像しております。大変先生方に負担をおかけしていることになると思います。先生方いろいろ苦心をされて、教科書の中のこの部分を圧縮してもいいんじゃないか、この部分を飛ばしていいんじゃないかということは、判断をされて教育課程を編成されたときに、今の保護者たちがそれで結構でございますと言うかどうかというところも大変な問題でございます。
保護者については、東京なんか顕著なんですけども、その子供が中学校であれば、いい高等学校、高等学校でればいい大学に進学させるためにということに、非常に頭を痛めているのが保護者。したがってうちの学校では明日からはもう授業をしないんだよということになったときに、卒業したらうちの子供はいい大学に行けないからという転校とか、批判とか出てくるのは目に見えているわけです。そういったところの訴えをどうしていくのかということを含めての中身の問題点は、非常に大変であると申し上げなければならない。
そういう形で、文部科学省は中身を増やす。そしてそれに加えて、自分で考える力をつけるというふうに、学校にどんどん要求をしてきているというのが実態でございます。とくに高等学校で申し上げますと、小学中学段階で充分にマスターしていない人たちに対しては、高等学校で全部面倒を見ろと書いてあるんですね。ほとんど何をやっているのか。なんでもかんでも全部高等学校に積み上げられて、さあそれをどう消化していくのかということを、私は文科省に対しても申し上げたつもりですけども、なかなかそれに対して明快な返事はありません。
中学校まではしょうがないな、その分高等学校でちゃんとやれ、こういうことになってくると、高等学校は一体何をやっているか、しかも上の方は上の方で、きちんと学力つけて大学によこせよというのが現状でございます。そんなこんなで大変な荷物を背負わされた高等学校、こういうことになっているのが実態でございます。
今いくつかポイントをお示ししてお話したわけでございますが、それでは学習指導要領というのは、全部従っていかなければいけないのかということになります。良く言われるのは、前の世界史未履修問題というのがあって、ずいぶん学校は非難をされたわけでございます。最初のころは富山県の県立の高等学校で発覚した問題だったにも関わらず、途中から私学が悪いということを、当時の文部大臣が言い、とばっちりが私学に飛んできたわけです。あれは学習指導要領に世界史が必修であるということはきちんと書かれているわけですから、それをやらなかったというのは、未履修高の学校側の責任を問われても仕方がない。あの時実は東京では、私学の団体のリーダーの方が、私学は学習指導要領に従う必要はないんじゃないかということをおっしゃった方がいて、そのために朝日新聞がそのことを大きく取り上げました。しかし私はその時申し上げたのは、私はその時は東京の一校長であり、その東京のメンバーですから、その方にそれは間違っているということを申し上げました。なぜかというのは、学校教育法の指導規則で、学校で習得する課程については学習指導要領に従うんだと書いてある。つまり学習指導要領というのは、学校教育法あるいは、指導規則が委任をしている。指導規則が委任を受けて文部科学省が受理したのが学習指導要領でありますから、これはやはり従わざるを得ないという関係にありますから、法的にはね。最高裁判所の判決でも、この学習指導要領の法的拘束というのは認められているわけでございます。ですから、これに私学は従わなくてはいいんだよということにはならないということだけは、申し上げておく必要があると思います。
しかしながら、学習指導要領とは一体なんだというところに、話を戻して考えてみますと、学習指導要領の総則のところに「各学校においては」と書いてあります。学校においてはと書いてない。各学校、それぞれの学校においてはという書き方が書き出しでございます。生徒の人間として調和のとれた育成を目指し、地域や学校の実態および生徒の心身の発達の段階や特性等を充分考慮して、適切な教育課程を編成するものと書いてあるんですね。学習指導要領に書いてあることをそのままやるとは書いてない。地域や学校の実態、生徒の心身の発達の段階や特性を充分考慮して適切な教育課程を編成すると書いてあるんですね。そこをきっちり読んでおけば、私はそんなに問題にならないじゃないかと思っている訳です。
昭和22年日本で初めて学習指導要領の試案というのが文部省から出されました。戦前は全部文部省著作の教科書ですから、別にそんな基準をとる必要なかったんですけども、戦後教科書が一般の会社が編集するという時代になったものですから、アメリカが、学習指導要領というのを日本でも作る必要があるんじゃないかということで、当時の文部省が試案という形で発表したわけでございますが、その試案のところにこういう文章がある。なぜこの試案作られたかというところがありまして、一番大切だと思われることは、これまでとかく上の方から決められたことを、どこまでもそのとおりに実行するといった画一的にこだわっていたら、今度はむしろ下の方からみんなの力で作り上げていくようになってきたと、こう言っているんですね。つまり学習指導要領という形で上から来るかもしれないけれども、それをその通りやらなければならないかというふうに考えることはないんだよと、ここで言っているのです。そして一定の目標に達するためには、その骨組みに従いながら、骨組みというのはまさに学習指導要領の試案づくりですが、その骨組みに従いながらも、その地域の社会の特性や学校の施設の実情や、さらに児童生徒ですね、その特性に応じてそれぞれの現場で、それぞれの事情にぴったりした内容を考え、その方法を工夫してこそできるのであって、というふうに書いてある。そのことが今申し上げた現在の学習指導要領の、さきほどご紹介したものと全く意味は同じでございます。ですから試案を作ったときの考え方と、現在の学習指導要領の基本的な考え方というのは、同じなんだと考えていいわけでございます。しかしそれがそうではなく理解されてしまっている。
学習指導要領というのは、何か国が示した基準に従わなければいけない、その通りやらなきゃいけないというふうに考えてしまうという傾向を、現在では生んでいるわけでございます。今ご紹介した試案は、たぶん森戸辰男（もりとたつお）さんが書かれたんではないかと言われています。森戸辰男さんというのは、日本の教育学者で、戦後文部大臣をやられたり、教育学部の大変な学者でいらっしゃるわけですが、その中の文章がこれでございまして、その考え方は今日の学習指導要領の土台と考えていいんではないかと、私は理解をしております。
しかしですね、今申し上げたとおり、世の中はどうも学習指導要領というのは、大変強制力が強いので、その通りやらなきゃいけないと考える人がどんどん増えてしまった。文部省の当時の目標が、そういう指導したということもあると思いますけれども、学習指導要領がそれに従わなきゃいかんというふうな考え方を生み出してしまったことは、間違いないだろうと思っています。日教組は過去には、相当長きにわたり、何十年、いつも運動方針の中に学習指導要領の白紙撤回要求というのを入れたんですね。なんで入れる必要があるのか。私はずいぶん長い間日教組と付き合ってまいりました。いつも私は大会とか協会集会に行った時に当時の幹部に言ったんですけども、なんで白紙撤回を入れる必要あるのか、ちゃんと読んでいるのかと随分言ったことがあります。しかしずうっと長い間白紙撤回要求が続けていた。数年前から無くなりました。無くなったのは、理解が進んだのか、あるいはそう言うだけの力がなかったのかわかりませんが、そういう日教組のようなところでさえ、長い間学習指導要領というのは強制力が強いんだと思い込んでいたということは間違いない。ずうっと何代かの委員長にそういうことを申し上げてきたつもりでございます。
一方ですね、文部科学省の方はもう少し話がわかるんですね。これは当時文部省で学習指導要領の神様みたいに言われていた中教局の審議官がいます。退官されたあとは学長をやったり、理事長やったりして、亡くなりましたけども。この方が昭和50年代からよく言っていたことは、学習指導要領というのは、何もその通り書いてある通りやる必要はない。学習指導要領を読んでごらんなさい。文章の細部を見ると、ちゃんとやれというのか、あるいはやってくれた方がいいと言っているのか、自由だよ、柔軟にやっていいと言っているのか、わかる。これは、それぞれの学校がこれに従って柔軟に教育活動をすればいいんだということを言っていたのであります。文部省の役人も柔軟な見方をしている。その方はいまおりませんけれども、その考え方は今変わるものではないと私は思いますので、ぜひ皆さん方教育課程を編成される際に、学習指導要領をよくお読みになって、これは絶対守らなきゃいかん、地歴公民の中で世界史を入れなきゃいけないと書いてあるのはこれは守るべきだ、とか、これは少し自由なんだなとか、これは無視してもいいんだなというところがわかってくるのではないかという気がいたします。ぜひこれから先作業される際に、そういうところに注目をしてお読みになると、意味がわかってくるのではないかというふうに思っております。
▼大学入試への影響
学習指導要領が変わったときに、大学の入学試験とどうつながってくるのかということに、おそらく大変皆さん、関心があり、ご心配があるのではないかと思います。そういう意味で、今日は、センター試験はどういうふうになっているのかと言うことについて触れておきたいと思います。
高等学校の学習指導要領が25年度から学年進級で進んでまいりますから、25年度に入学した生徒がこの試験を受けるのは、27年度になるわけでございます。ただし、理数については早くなると考えなければいけないですね。その中で22年度、来年の春の入試センター試験から、若干変更があります。地歴公民と理科については試験の申し込みをするときに、私はこの教科の中のこの科目をとります、例えば政治経済をとりますという形で登録をすることが求められるようになります。これは実は、あとで触れますけども、２科目受けてそして１科目だけ大学の方に提出をして、採点の対象にしてもらうという場合に、２科目を受けることによって、２つの時間でひとつの分だけやるという、不正というか不公平というかわかりませんが、そういうことは起こりうるわけですから、そういうことをなくすために、いろいろな大学入試センターが考えていることのひとつであります。
数学については変わっておりません。数学Ⅰ、数学Ａという二つ、数学Ⅱ、数学Ｂという二つのそれぞれの中から、今のような選択の仕方をするということで、変わっておりません。変わるかもしれないのは、問題は理科。現在は11科目の中から２科目というふうになっているはずでありますが、新しいやり方では27年度くらいになるわけですが、基礎がついた物化生地と、基礎がつかない物化生地、それぞれ２単位、この8科目の中から最大3科目を選択させるということが、前から候補として決まってまいりました。これ大変面倒なことになるんではないかと思っております。
大学の方が受験生に対してこういう科目の取り方をしなさいという姿勢ですね。基礎がついた科目から二科目を必要とする。文系は基礎科目から一科目を指定するだけというのが出てまいります。理系は四単位科目だけで、一科目を指定する、あるいは二科目を指定する。その中間として基礎科目から二科目と四単位科目の一科目を指定する。基礎科目から一科目と四単位科目から一科目というのがあります。そして文系などで基礎科目から三科目を指定するということも形としてはある。実際にはそういうことはないと思いますけれども、そういうこともありうるという考え方がなされております。基礎科目から三科目、これは必修になってますから、そういう出題の仕方が出てきても別に問題ではないんですけども、それはおそらくないと思いますが、文部省としてはそういう形もあり得ますという、この七つの方法が理科の受験の方法としては出てくるんじゃないかということでございます。
先ほど申し上げたように、事前に受験科目を決め、しかも変更を認めない。試験の日になってこういう登録はしたけども、実際には変えたいですといってもそれを認めない。従来のように点数の高い方が、採点の対象にしてもらえる大学では、二科目とるという申請をしておいて、一科目は適当にどうでもいいやという形で時間を使わないで、そして二時間分を一つの科目に使うということになって、そちらの点数がいいからそちらをとってもらうということになると、非常におかしなことになるということで、今回は登録したときに、先に第一回答科目、第二回答科目というふうに指定をしてですね、その第一回答科目の結果を採点対象とするというふうな形にしようというふうな考え方が、今出されております。つまり最初に自分がこれをやりたいというのを、それを最初にきっちりやっておかないと、それを適当にごまかして、あとは点数稼げばいいというようなことは通用しません、こういうことになってくるわけでございます。
したがって受験生の諸君にしてみれば、せっかくいい方法があったのに、ちょっとその方法はとれないということになっているわけであります。そういうふうな形で、現在入試センターがいろいろ検討しております。最終的にはおそらく今年の秋にもうちょっと全体的な見直しといいますか、改訂が出てくるだろうと思いますけれども、今現在はご紹介したようなことでございます。これは去年12月に出されたものよりは、少し変わってきているということをお気づきの方もあろうと思いますが、少し変わってきている。そして最終的に今年の秋に決定版が出る。決定版の中に今申し上げたような、この考え方がかなり入ってくるものと考えていただいていいのではないかと思っております。
そんなことで、大学入試センター試験、大学入学試験、そのもののかなり大きく変わってこなきゃいけないわけですけれども、これから先どうなっていくかということが、注目されるわけであります。東京大学あたりが9月入試10月入学みたいなことを言い始めているようですが、実際にはすべての学生が対象ということではないかもしれませんが、そういう意味でもぜひ新しい情報をしっかりとらえながら、教育課程を編成していかれるのがいいのではないかというふうに思っております。
要するに今回の学習指導要領では、背景ではさんざん言われた学力低下というものに対する対応としての内容の充実ということを増やすとうことが取られる。一方ではＰＩＳＡなどに現れた学力の問題点をどう解消するかということで、活性型という考え方を出してきたということでございまして、これ両方を同時にするというのは、私は無理な話だと思っております。はっきり申し上げて二兎追うのは無理だと思います。中教審の先生の中にも、どちらかを取るというのではなくて、両方とも追いかけてそれは可能であると言っている方がいらっしゃるんですけども、そういう考え方はきちんとお示しになる必要があるんではないかと私は思っております。そういう方法を示さないで、ただ単に二兎を追ってもいいんだよ、大丈夫だよと言われても、これはきわめて迷惑な話だと思っておりますので、これはやはりそう言う以上は、やはり目標なり、あるいはそういう委員の先生がきちんとしたやり方をしっかり示す必要があるんではないかと思っております。
今の学習指導要領ができたときに、やはり生きる力の育成、生きる力をつけようということを随分言われている。それは結果として浸透しなかったんです。そのことは実は今回の指導要領の改訂を決められた中教審の答申の中に、反省があるわけです。前回そういう生きる力の育成と言いながら、文科省あるいは国の考え方と県が、あるいは保護者との間に充分な理解をえることができないまま、今日まできてしまったという反省が入っています。中教審の答申にそういう反省が入っていたのは初めてでございますが、そういう反省をせざるを得なかったというのは、今回もまた前者の轍を踏まないためにも、具体的な方法を国は、担当である委員の先生方がお示しになってしかるべきだと私は思っておりますが、今のところまだそういうものは示されておりません。大変大きな問題だと思っております。
▼私学の取り組み
そんなことで話を進めてまいりますが、それじゃあ私学はですね、一体どういうふうに考えていくのかということになってまいります。先ほど学習指導要領がそれぞれの学校の独自の取組みでいいんだよということを言っているわけですね。しかも特色のある教育をしなさいということも言っている。ということから言えば、その精神を大いに活用していくべきだというふうに思っております。具体的な方法として、先程申し上げたような、学習指導要領のそれぞれの文章の読み方もありますし、最初の文章をよく活用していただければいいわけでありまして、まさにそれぞれの私学が、教育委員会を気にすることなくですね、独自にいろいろな考え方を取り入れればいいと、私は思っております。その運用の仕方というのは、それぞれの創意工夫が生かされるということでございます。
ただ気をつけなきゃいけないのは、例えば、あれは「指導するものとする」と書いてある。にもかかわらず都道府県によっては、知事だとかあるいは教育委員会の方々で、卒業式とか入学式には、全員が歌えとか、歌わなかった人はいろんな処分を受けるということもございまして、ずいぶんたくさんの先生方が、君が代を歌わなかったとか、あるいは提出しなかったために、処分を受けるとか、あるいは差別をされたという問題があって、それについて、実は5月30日が最初でございますが、7月14日までの間に9件君が代斉唱裁判の最高裁判決が出ております。その9件の裁判のいずれも「そういうことを指示しないことは、憲法に違反をしないんだ」ということで、全部原告が敗訴しております。そういうことからいうと、先生方学習指導要領少し無視、運用も考えてやったつもりが、何か言われるんじゃないかという心配は私は必要ないと思います。ついでに申し上げますと、君が代斉唱もそうですが、9件の裁判の中で、全部敗訴と言いながら、少数意見が何件かついております。それから補足意見というのが何件もついている。そういう判決で全部負けたけれども、しかし7件も意見があったり、数件の少数意見がちゃんとつけられているということを見ると、すべて一律にする必要はないという言い方にも批判がある。したがって、教育課程の編成にあたってもですね、相当に考えられた結果、独自のものを取り入れられていかれるといい。
かつて西日本の私立の学校で、東大にたくさんの生徒を送る有名な進学校がございました。そこの校長と私今から20年も前になりましょうか、話をしておりましたら、その学校の教育課程は県立高校と比べたら極端に少ない。単位も少ない。どうなっているのと言ったら、これは県に出して何も言われませんでしたと、こうおっしゃったんですね。それはそれでいいのかもしれませんけども、やっぱり要領に反することをやるのはいいことではけっしてないんで、やはりその中でどれだけうまくやれるかということを考えていくのが、今日の先生方の大変便のしどころにもなるんではないかと思っております。
問題は一つ一つの学校が苦心をしてやっていたりするわけですが、今度は私学が私学全体として、どう取り組んでいくのかということを考える必要もあるんじゃないかと思います。中高連であるとか、各都道府県の中高協会、そういうところで充分研究をして、こういう方法でやろうじゃないかということを考え、そしてそれを県に対してこういう方法でやるよということをきちんと話をするということを、これから先やっていく必要があると思います。
私は東京におりますから、東京の協会、あるいは全国の中高連に対しまして、そういうことをおやりになったらどうか。中高連の場合は、日本私学教育研究所というのを持ってますから、そういうことを少しきちんとおやりになったらどうかということも申し上げておりますけども、私学全体として取り組むということも含めて、私学全体で取り組むためには、それぞれの私学でいろんなアイディアを持ちよるのも必要です。私学はそれじゃあ何やってもいいのかという話は違うよというのを先程申し上げたんですけども、しかし私学は法律によって自主性と独自性が決められているわけです。独自性というのは法律にはありませんけれども、自主性というものをどうとらえて、その自主性の中にそれぞれの私学の独自性をどう示唆していくかということを、考えていけばいいわけでございますが、独自性を示唆するなかで、教育課程についてもどういう自主性が打ち出せるかということについても、研究勉強していくことが大事だというふうに私は考えております。
私学の独自性というのは、建学の精神なり、あるいはそれぞれの学校の教育方針なり、あるいは経営方針なり、そういうものを踏まえて学校の独自性をお出しになればいいというふうに考えていただければいいんではないかと。それが我々の独自性だというふうに主張していけばいいんではないかというふうに思っております。
というようなことで、学習指導要領については、予定していた時間より早く終わりましたが、繰り返すようですけども、一つ一つ丁寧に読んでいくということが大事でありまして、良く言われることでありますが、学習指導要領というのは、職員室の後ろのほうに捨ててあるんだと。私は、どこまで先生方が学習指導要領をお読みになっているかということ大事だと思います。ぜひそれぞれの学校ですべての先生がお読みになった上で、いろんなアイディアをお出しになるかということ、新しい教育課程を編成していくかということが、非常に大事なことではないかと私は思っております。
私は文化女子大学付属の校長になったとき、最初に全教員に学習指導要領を配りました。教職と自分の教科に関する部分と、そして最後の学校寄稿、その部分は全員きちんと読んでもらいたい。その上で教えるという話をしたことがございます。今は確か新しい指導要領、先生方全部配られている筈ですから、お持ちの先生方ぜひ分厚いから持っているのが嫌だと言うんじゃなくて、やはり最低限関係のあるところを読んだうえで、ぜひ作業をしていただく、そして新しい教育課程の編成にあたっていただくということが、大事ではないかと思っております。
▼学力とは
若干補足になるかもしれませんけども、さまざまな生徒を指導するにはどうすればいいのかということについて、お話ししたいと思います。最初に学力というものについて、考える力がないとだけしか申し上げなかったんですが、学力というものをどう考えるか、自分の学校の生徒に一体どんな力をつけることが、学力をつけたことになるのかということについて、考えていく必要があるのではないかと私は思っております。いろんな考えがあると思います。あると思いますが、私自身の考え方を申し上げると、こういうふうに考えています。生徒に対しては三つの力、というのが合わさって学力というものになるんではないかと。その三つの力というのは何かと申しますと、一つは学ぼうとする力であります。二つ目は学ぶ力であります。三つ目は学んだ力であります。この三つの力が合わさったものを学力というんだと私は考えて、校長になって以来自分の学校でも、先生方に説得をし、そしてそれを実現するように努力してもらったつもりでございます。どういう意味かというと、学ぼうとする力というのは、学びに対する意欲と関心をどう子供たちに持たせるかということであります。どこまで高められたかということであります。二つ目は学ぶ力というのは、学び方、もっと具体的にいえば、例えば問題の解き方をしっかり身につけるということであります。三つめは学んだ力というのは、そうやった結果として点数に表れてくる場面、これが学んだ力ではないか。どうも今これまでに日本の各学校においては、その三つの学んだ力ばかりを問題にして、学ぼうとする力や、学ぶ力をそれほど力を入れてこなかったんじゃないか。重視してこなかったんではないか、そんな気が私はしてならない。その三つが合わさって始めて学力というのができてくる。ただ学んだ力だけを一生懸命覚えさせてやったから力がついたかというと、それはけっして力になっていない。試験が終わったらすぐ忘れてしまうということでは意味がないわけですね。したがってその学んだ力がびくともしないものにするためには、学ぼうとする力、学ぶ力があって、初めてそれができあがるんだと私は主張してまいりました。
私の勝手な考え方だなと思ってましたら、東京大学名誉教授のある方が、非常に似たことをおっしゃっていまして、この方は三層構造というのをおっしゃっているんですね。学ぼうとする力、学ぶ力、学んだ力、三つの力を三層というふうに考えて、それがつみあがったものが学力なんだとおっしゃっている。私は同じようなことをおっしゃっているなと思って、気を強くしたわけでございますが、私のは、三つの円がございまして、それぞれ重なり合う三つの円があって、その全体を学力だと言っているんですけども、似たような考え方だなと思って私も安心したんですが、そういう力が合わさったものが学力であって、そういう学力をつけるのが学校としての責任ではないかというふうに思っているわけでございます。そういうものがあれば、子供たちは考える力というものにつながっていくことになるんではないか。
もう少し具体的なことを申し上げれば、そういう考える力をつけるために何が必要かと言うと、やはり大事なことを本を読むということであります。読書をどれぐらいやっているかということが、私は非常に大事だと思っております。今いろんな学校で朝読書をしているところが非常に多いんですが、私どもも、私が校長になる前からやっておりました。しかし良く見てみると、朝10分か15分本を読んだことが、それで満足をしているという傾向にないかと。朝読んだからもう今日の読書は終わったんだということでは意味がないわけですね。つまり10分間本を読んだら、その読んだ本について興味を持った、面白いと思った、もっと読みたいと思ったり、やはり放課後、あるいは家に帰った後もさらに本を読むということがあって、始めて読書というものになりうるわけで、10分間読んだから、もうあれで読んだ、これではけっして読書ではないと私は思っておりまして、私はそれをずっと言ってきたつもりでございます。
本を読む場合も、これもいろいろありまして、これも先生方にはまさに釈迦に説法でしょう。私の学校では教員の採用試験を私も11年間やってきたんですが、その時にやはり本当は校長面接なんです。校長の質問の中でも、質問のポイントは読書であります。読んでないですね。かなりそうそうたる高名の大学を出てやってくる諸君が、本当に本を読んでいない。読んでいるんですよ、自分の専門は読んでいる。数学の学生は数学の本は読んでいる。理科の人は理科の本を読んでいる。しかしもうちょっと離れる、先程話がありましたけども、歴史というところに関わってくる。もっと言えば教養になりますか、例えば哲学みたいなものほとんど読んでいない。本当に驚きます。
本を読んでいない人は、私は採用しないことにしていたんですけども、実はこれ余談ですけども、私は前いたＮＨＫで、ある年東京大学の法学部を出て、司法試験受かったんだけどもあちらにいかずに、ＮＨＫの記者になりたいと言ってきたのがいた。非常にいい学生がきたなと思って、その学生に君どんな小説読んでるんだと聞いたら、そしたらその新入社員は、小説のようなくだらないものは読みませんと言った。驚きました。君は司法にいかなくてよかったよ。君見たいなやつが警察官や裁判官になったらえらいもんだぞ。人間の心がわからないやつに、そんなところに行かれたら大変だぞ。ＮＨＫ迷惑だぞ。これから仕事やるのにといって怒ったことがあるんですが。つまり勉強というのはですね、これは人間としてまったく偏っているわけですよね。そういうことでは困るんで、やはり子供のときから、中学校、高校のときから本当の読書というものをもっと子供たちに教えていく必要があるんではないかということを痛切に感じております。正直朝の読書の時間を貴重な読書の時間にするためには、何が大事かといえば、そこにいらっしゃる先生によります。先生が本を読ませて、先生が他の仕事をしているようでは、生徒絶対にまともな本を読みません。やっぱりそこで先生も自分で読みたい本を持ってきて、生徒の中に一緒に座って読む。そういう姿勢があって始めて生徒たちが、読むということはこういうことなんだということがわかるんですね。生徒に本読みなさいよと言ってて、自分は何か採点の続きをやってたりですね、やってる限りは本当は読書力は身に付くことはないと私は思っている。そういう意味で本当の読書を子供たちに知らせるということを教えることによって、読書というものをもとに、子供たちは考えることをだんだんと身につけるはずであります。
今朝の新聞でしたか、朝の読書の時間に、新聞のコラムというか、天声人語とかね、あれをそのまま筆記をさせるということをやっている例がいくつか紹介されておりました。そんなのも一つの方法なんですね。そういうことをやっていることによって、生徒は書き写す中で、その文章の書き方みたいなもの、あるいはその文章のニュアンスみたいなものを感じていければ、それは一つの進歩だと思います。そういうことをやっている学校が結構あるということが、今朝の新聞に出ておりました。そういうことを含めて、本当の読書を子供たちにさせることはまず大事であるということ。
▼考えさせる授業
もう一つはやはり授業において、先生方がどれだけ子供たちに考えさせる授業をさせているかということを私は常々考えております。簡単に言いますと、日本の先生は教えすぎなんですよ。もっと言えば教えるのが好きなんですね。一生懸命教えておられる。だから授業中も、廊下を通って行くと、聞こえてくるのは先生の声ばかり。生徒の声聞こえてこない。それは果たして考えさせる授業になっているんだろうかということを、いつも私は思っている。そんなことを東京で他の校長先生と話をしていましたら、やはり何人かの方が、そう言えば学校の中回ってみて、生徒の声あまり聞こえてこないねという、こういう話であります。生徒の声聞こえてくるのは、騒いでいる時だけ。授業中に生徒の声聞こえてこないというのは、これは考えさせる授業になっていない。
ここには数学の先生もたくさんいらっしゃると思いますが、数学の授業をやるときもそうだけども、新しい内容が入ってきたときに、一応説明をすませると、必ずそこに例題がある。そうするとその例題を全部先生が黒板で解いている。生徒何やっているかというと、必死になって一生懸命ノートに移しているんですね。考えていない。何であそこで生徒に誰かにやらせて、そしてこれでいいのと聞いて、間違っていたら誰か直す生徒いるか聞いて、直させてということをやっていけば、皆が考えなきゃいけないという授業になっていく。先生が全部正解を書いていけば、生徒がただそれをノートに全部移していく。ノートに写していくだけ。考える授業にはまったくならないというふうに私は思っています。どこでもそうです。全部先生が正解を書いている。生徒がひたすらそれをノートに移すというのは、授業ではない。授業というのは、やはり生徒にやらせる、生徒に考えさせるということが大事だというふうに私は思っております。うちはちゃんとやっているよという先生方大勢いらっしゃると思いますが、そういう方には失礼かもしれませんが、やはり生徒に考えさせる授業、生徒に考えさせるという習慣をつけさせる授業で、始めて子供たちは自分で考える力を身につけていくことになるんでございます。
実は今から60数年前に、終戦直後なんですが、コラムカリキュラムという学習方法がアメリカから入ってまいりました。ここに経験されている方まずいらっしゃらないと思います。私は昭和23年に中学に入りました。その頃ちょうどアメリカからコラムカリキュラムというのが入ってきた。コラムカリキュラムというのは何かというと、中心教科、これは当時社会科です。それまで社会科というのなかったんですね。戦後に社会科というのができたんですね。その社会科を中心教科として、子供たちに教科を考えさせて、そしてその各教科を勉強させるという考え方が入ってまいりました。たまたま私が入った中学校が、池田中学校でございました。教育大学付属中学校、殺人があった小学校があったんですけども、私が入った頃は大阪第二師範学校男子部付属中学校という長たらしい名前なんですが、そこに入りました。
その後当然受験校になるわけですけれども、どういうふうにやったか、ちょっとご紹介させていただきますと、社会科出身ですから、社会科の単元がですね、たまたま自然災害から人間生活を守ろうという単元、まさに大震災直後の今の状況では理解していただけるんじゃないかと思います。そういう単元に入りました、先生は今回はこの単元でやるよといったらもう、教壇から後ろに下がってしまわれるんです。それぞれの担当がいますから、その時も学習担当の委員が前にきて、今こういう単元をやっている。どうしよう、皆で相談をするわけです。結局やはり自然災害という以上は、自然災害の種類別にやる方がいいじゃないかという意見になって、津波だとか台風だとか、大雨だとか何種類かのグループを作る。そしてそれぞれの自分がやりたい所に集まるということで、教室の中で七班、八班に別れてしまうんです。それぞれのグループで、それじゃあ我々はどうしようかという相談をして、そしてその翌日から私どもは学校へ来ない。私の学校は池田というところ、大阪から阪急電車にのって30分位で池田という町になるんですが、そこの池田といっても誰もわからないものですから、自分の調べたいところをいろんな所へ行って調べる。その時私は地震というテーマをとりました。6人位のグループで翌日から外へ出て、それで地震というのは、どういう現象なのか、どういう強さ、レベルがあるのか、どういう形で知らせてくるのか、みたいなことを聞く。それから次は地方建設局に行って、地震に対する建物は、どういうふうに、例えば建設会社とか住宅会社とかを調べる。大阪府庁に行って地震対策を調べる。京都大学の地震研究所のところに出掛けるというようなことを、一週間くらいやりまして、そんなことを調べて、そして学校へ帰ったら、いろんな資料、データ、統計などを引っ張り出していく。その時どんなふうにして発表したらいいだろう、普通は皆大きな紙に図形書いたりして、絵描いたりして、貼り付けて説明するんですが、その時私たちが考えたのが、あれは面白くないから、だったら紙芝居にするか。当時はテレビがありませんから、今だったらビデオでできますが。紙芝居でストーリーを作るということになるわけですね。まさに社会科を中心にやっている時に、数学も出てくるし、理科も出てくるし、図工も出てくるし、技術も、そういう形で出てくる。発表するための材料が揃えられていくという形で、そういう添付する資料が終わったら、今度はいよいよ発表ということで、それぞれのグループが前に出ていろんな資料を見せながら発表する。自分がやっていない部分については、発表を見て、わからないこと、おかしなところはどんどん質問するという形で、授業が展開していくということをやったことがございます。
私も、よそのグループのときは徹底的に質問するもんですから、大変嫌がられました。そういう勉強の仕方をした。その計画がまもなくつぶされるんです。これでは学力がつかないということで、また元の学習に戻っちゃったんです。私どもの学校の社会科の先生が、卒業して25年後に当時の生徒に一人一人アンケートをされて、あの時の勉強の仕方について、今思い出してどう思うか、良かったのか、悪かったのか、大学での勉強に役に立ったのか、世の中に出て就職してからどうなったのかという調査をされました。75％の生徒が、あれは良かったと回答した。私は一応成功したんではないかと思っています。問題はね、その話をよく教育委員会の所長をやった椎名さんという人がいます。もと文部省の研究所の所長をやった椎名さんという人がいますが、彼は一年違い。私の一年下なんですが、彼はその話をすると、それは野原さん違う、そんなことはうちの学校だからできるんでね、普通の学校できませんと言ってね、貴方みたいに付属学校だからできたんだとこういうんだけども、私は私たちがやったことすべてが良くて、それをすべておやんなさいというつもりは毛頭ありません。ただそういうことが行われたということについて、皆さんに知っていただく必要があるんじゃないか。そしてその中から何か、うちの学校でもこういう部分を取り入れられるんじゃあないかということを見つけてもらえるんじゃないか。全部そのままやったら無理があります。それは生徒全体のレベルとか、そういう部分で無理があると思いますけれども、しかしそこから何かヒントを得て、使えるものがあるんじゃないかということを私はずいぶん申し上げてまいりました。椎名さんと顔合わせる度にやりあっておりますけれども、彼は絶対にダメだというんですけども、私は絶対ダメだということはあり得ない。絶対いいということもあり得ない。ただその中から学ぶものがあるんじゃないかというふうに思っている。まさにそれが子供たちに勝手に考えさせて、勝手に指導させていた、発表させていた、そんな授業をやって、それが成功したということがちゃんとあるわけです。全部それをやって成功しなきゃいけませんよということは毛頭ありませんけども、そういうやり方、つまり子供たちが自分で考えて、そして自分で調べて、自分で発表して、ということが、決して不可能ではないんだということについては、是非なんらかの参考にしていただけるとありがたいと、私は思っております。
▼まとめ
そんなことで脱線した部分もございますけれども、もう一回元に戻れば、ぜひ学習指導要領を充分お読みいただいて、そしてそれぞれ文章を読みとって、それを活かした新しい教育課程をお作りいただくということにご努力いただくとありがたいし、そういういろいろ差し支えがある場合には、私学全体として対応してもらうように働きかけていくということで、ぜひ中学校で言うと来年ですが、高校で言うと再来年に新しい教育課程がきちんとしたものができますように、ご尽力いただけるとありがたいというふうに思っているということを申し上げて、私の話を終わらせていただきたいと思います。若干時間がございますので、ご質問あればご質問いただきたいと思います。どうもありがとうございました。
司会 野原先生講演どうもありがとうございました。教育課程の話にとどまらず、先生の認識に基づいたご講演でございました。もう少し時間がございますので、只今のご講演について、質問や感想がありましたなら、せっかくの機会ですので、ご発言をいただければと思います。質問の前に学校名、お名前をお願いいたします。
●山崎と申します。学習指導要領についてなんですけども、文部科学省で出している学習指導要領解説を読んだときの印象と、指導要領そのまま読んだ時の印象と、大分印象が違う場合もありますが、学習指導要領解説について、どういう位置づけでとらえればいいんでしょうか。
野原 私はあんまり解説を読んだことがないです。読む必要ないと思っています。解説というのは文部科学省さんが書いているんで、言って見れば、これが本当の解釈なんだぞと言っているつもりでしょうが、あまり気にする必要はないんじゃないか。私は各学年にそれぞれ一冊ずつ買わせてはいますけども、私自身は読んだことがない。あまりこだわる必要はないと思います。
司会 他にはいかがでしょうか。
●仙台の阿部と申します。今日はありがとうございました。宮城県の未履修問題の時に、県の方から神経質なところもありましたけども、柔軟にということで少し気持ちが楽になったところがあります。お伺いしたいのは、総合的な学習時間についてです。総合学習に関しては、トーンダウンしている気がしますけども、もともと私なんかはああいうものができたときに、これは何やったらいいかというよりも、まず建学の精神を活かして、逆に利用してやれというふうな感じで考えて、先生からお感じになっていること総合学習に関して、何かありましたらお願いたします。
野原 総合的学習の時間というのは、できたときに私は大変評価を私はいたしまして、これをどれだけ活かすかということが大変重要だなと思ったんですが、残念ながら在職段階では、文部科学省に対していろいろ注意ありましてね、環境とか、国際化とかありましてね、極端な例でいいますと、国際会議を利用して英語を使ってしまえということがあったり、まさにコラムカリキュラム的な手法が、総合的な学習で活かされるんじゃないかということで、大変私は期待をしたんですが、残念ながらそうはならなかったということが一つございます。中学校で時間数が減るということになっています。文部省活用型と言いながら、実はそういう学習を減らすというのは、まったく矛盾した考え方だと思いますけども、私はちょっと違うんじゃないかと思っています。総合学習の時間は、まさに建学の精神ということで、いろんな形で、それぞれの学校で本当の意味で活かしていただければいいかなと思っています。私の学校は、総合学習始まる前から、担任の先生にチームを作らせて、楽しくできたら総合的な学習の時間をどう使うかというのを検討してもらいました。その結果、6年間、中学1年から高校3年、それぞれの学年ごとに大きな柱をたてて、その柱にそってそれぞれの学年で自由にやって下さい。すべて担任が指導するんですよということでやりまして、その後何回か研究の授業でその先生に教えたんですが、いつも言われたことは、すべての先生が出るということは非常にめずらしいと言われました。大変熱心な先生いらっしゃるんです、よその学校にね。その先生は熱心なんだけども、学校全体としてはあんまり熱心でないというケースが、かなり東京の場合ですがあります。それでは私はいけないと思うんで、先生方に考えさせるながら、実際にスタートする上では、各クラスの担任が全部そのクラスの指導をやる。それは話し合ってどういうふうにやるかということについては、検討してもらいたいということをやってきたんですけども、本当に自由に使う時間だなと思っていたのが、今回の指導要領改訂ではずいぶん減らされているのは、私はむしろ憤りを感じているということでございます。
司会 他にございますでしょうか。よろしかったでしょうか。では時間になっておりますので、ここまでにしたいと思います。野原先生ありがとうございました。改めて拍手をお願いいたします。