新井秀校長説教集76~狭き門から入れ~

2022年10月7日(金)
朝 の 説 教
- 狭き門から入れ -  『ルカ』13:22~24

イエス様は今エルサレムに向っています。何のためか?十字架で殺されるためです。そして三日目に復活するためです。イエス様は既に2回、弟子たちに自分の死を予告しました。今日の聖書はご自分の死が間近に迫っている中での出来事であり、その中で語られたイエス様のお言葉です。

24節に「狭い戸口から入るように努めなさい」という言葉があります。私にとっては忘れられない言葉です。高校3年の春、私は本屋でアンドレ・ジイドの『狭き門』という小説を買い通学の電車の中で読みました。表紙を開くと最初に出てきたのが「力を尽くして狭き門より入れ(いれ)」という言葉でした。今日の聖書の言葉の文語訳です。私は頭が悪く記憶力も悪い者ですが、不思議とこの言葉だけは何か心に突き刺さるような感じで、以後ずっと忘れられません。「狭き門」とは一体何だろう?その時、そう思いました。

今マスコミを賑わせている一つの事件が、東京オリンピックで重要なポストにあった人間が、口利き料として3つの大会社から合わせて2億円近い賄賂を受け取ったという事件です。そのお金のかなりを自分が経営するレストランの赤字の穴埋めに使ったそうです。「俺が口を聞けば東京オリンピックの正式スポンサーになれるぞ。そうしたら大儲けが出来るぞ」。そう話を持ちかけて2億円近い大金を手に入れたのです。これは「広い門」即ち「滅びに至る門」から入った事例です。自分の立場や力・人脈を悪用して不当に大金を得る、それは広い門から入る滅び至る道です。

対照的な人物を紹介しましょう。「グンゼ」という大企業を育てた波多野鶴吉です。もう8年位前でしょうか?テレビの「カンブリア宮殿」という番組を見ました。そこで私はグンゼの創業者である波多野鶴吉の生涯を知りました。グンゼは東証一部、年商1,600憶円という大企業です。男子用肌着や医療用品を手掛けている会社です。鶴吉は明治時代、京都府の綾部という町に生まれました。家は庄屋でお金持ちでした。彼は頭も良く今の京都大学に入学した程です。でも思うように人生を歩むことが出来ず自暴自棄になり、お金を持ち出しては遊郭で女郎と遊んでいました。最後には「梅毒」という恐ろしい病気になり、鼻の一部が欠け落ちてしまいました。惨澹たる状況で故郷に戻った鶴吉は、田中啓造というクリスチャンに出会いました。田中は鶴吉に二つのことを強く教えました。第一は「商売をするなら、お客さんに喜んでいただける物を作り販売すること」。第二は「君の荒れすさんだ生活を根本から治すには、聖書を読んでイエス様を信じるしかない」ということでした。鶴吉は啓造からプレゼントされた聖書を毎朝・毎晩読み、32歳の時に留岡幸助牧師から洗礼を受けてクリスチャンになりました。

そして38歳の時に作り上げたのが「グンゼ」です。農家から繭を買い、農家の娘さんを職工として雇い、工場内に彼女たちのための学校や寮を建てました。人々から「グンゼは表から見れば工場、裏から見れば学校」と言われる程に従業員の教育に力を入れました。鶴吉は、「従業員は農家からお預かりした大事な娘さんだ」と自分の子供のように大切にしました。創業から今日までグンゼに一貫している「三つの躾」があります。それは①元気に笑顔で挨拶すること、②履物を揃えること、③掃除をすることです。テレビに映し出されたグンゼの工場では今もこの躾が守られていました。おまけに工場を訪問した人が帰る時は全員が立ち上がって「有難うございました!」と言って見送るのです。これにはびっくりしました。

明治の初め、日本の安くて良質な繊維製品はアメリカで飛ぶように売れました。すると日本企業の多くは、輸出品の底に売り物にならない粗悪な品を混ぜ、不当に儲けました。でも鶴吉は従業員に絶対に不正を許しませんでした。その結果どうなったでしょうか?日本からの輸入品の検査が厳しくなる中、アメリカ最大の商社から「グンゼの商品は検査の必要がない。あの会社の商品だけは絶対大丈夫!」と太鼓判を押され、大きな収益を上げることが出来たのでした。

広い門を通って悪いことをしても見つからないのではありません。日本では昔から「お天道様は見ている」と言います。聖書的に言えば「エル・ロイ」(神は見ていてくださる)のです。努力して狭い門から入ることが如何に大切であり、最終的に勝利の喜びに至る道であることを良く示す例であると思い、グンゼの創業者波多野鶴吉の話をしました。何か心に残るものがあれば嬉しいです!