新井秀校長説教集76~狭き門から入れ~

2022年10月7日(金)
朝 の 説 教
- 狭き門から入れ -  『ルカ』13:22~24

イエス様は今エルサレムに向っています。何のためか?十字架で殺されるためです。そして三日目に復活するためです。イエス様は既に2回、弟子たちに自分の死を予告しました。今日の聖書はご自分の死が間近に迫っている中での出来事であり、その中で語られたイエス様のお言葉です。

24節に「狭い戸口から入るように努めなさい」という言葉があります。私にとっては忘れられない言葉です。高校3年の春、私は本屋でアンドレ・ジイドの『狭き門』という小説を買い通学の電車の中で読みました。表紙を開くと最初に出てきたのが「力を尽くして狭き門より入れ(いれ)」という言葉でした。今日の聖書の言葉の文語訳です。私は頭が悪く記憶力も悪い者ですが、不思議とこの言葉だけは何か心に突き刺さるような感じで、以後ずっと忘れられません。「狭き門」とは一体何だろう?その時、そう思いました。

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新井秀校長説教集75~安息日に腰の曲がった婦人を癒す~

2022年10月5日(水)
朝 の 説 教
- 安息日に腰の曲がった婦人を癒す -『ルカ』13:10~17

今日もイエス様は安息日に会堂で教えておられました。イエス様はその会堂の中に、18年もの長い間腰が曲がったまま苦しんでいる婦人がいるのを見つけました。可哀そうに思ったイエス様はすぐ彼女を呼び寄せ、「婦人よ、病気は治った」「もう治ったよ」と言われました。癒しを行われたのです。病気が奇跡的に回復したのですから周りの者全員で大声で主を賛美し喜び合っても良いのに、そうはなりませんでした。その日が安息日だったからです。何の仕事もしてはならない安息日に、急患でもなく直ぐに死んでしまいそうな病気でもないのに、イエス様が婦人の病を癒されたからです。会堂長は群衆に、「働くべき日は6日ある。その間に治してもらうがよい。安息日はいけない」と叫びました。直接イエス様に言えず、仕方なく彼は、群衆に不満をぶちまけたのです。
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新井秀説教集74~時を見分ける~

校長

2022年9月29日(木)
朝 の 説 教
- 時を見分ける -   『ルカ』12:54~56

ここまでイエス様は弟子たちに語って来られましたが、今日の聖書では「群衆にも言われた」(54節)とありますから、弟子たちも群衆も含めた全ての人に語ったところです。ここでもイエス様は実に巧みに例話を用いています。「あなたがたは、雲が西に出るのを見るとすぐに『にわか雨になる』と言う。
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新井秀校長説教集73~ジョン・ニュートンの人生と「アメイジング・グレイス」~

2022年9月16日(金)

朝 の 説 教

- ジョン・ニュートンの人生と「アメイジング・グレイス」 -

 

今日は聖書から離れて、先ほど聴いた讃美歌の作者ジョン・ニュートンの人生と、讃美歌451番の「くすしきみ恵み」の誕生についてお話します。皆さんは好きになった讃美歌がありますか?私は讃美歌を歌うのが大好きです!でも学校の礼拝ではコロナの影響で声を出して歌うことが出来ずとても残念です。一日も早く大声で神様を賛美できる日が来ることを神様に祈っています。

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新井秀校長説教集72~山上の変貌~

校長

2022年7月6日(水)

朝 の 説 教

- 山上の変貌 -

『ルカによる福音書』9章28~36節

今日の聖書箇所は「山上の変貌」と呼ばれるところです。「人の子イエス」から「神の子イエス」に劇的に変貌した場面です。イエス様は昨日の聖書箇所で、自らの十字架での死と三日後の復活を初めて弟子たちに打ち明けました。イエス様はその決断を改めて確認し、その上で、弟子の代表に自分が間違いなく神の子であることを示す必要がありました。 続きを読む →

新井秀校長説教集71~12弟子を派遣する~

2022年6月29日(水)

朝 の 説 教

- 12弟子を派遣する -

『ルカによる福音書』9章1~6節

今日はイエス様が12弟子を各地に派遣した記事です。当時は新聞もラジオもテレビもSNSもありませんから、何かを伝えるにはそこまで行って直接人々に語りかける必要がありました。関連の『マルコによる福音書』では、弟子を二人一組にして派遣したと書かれており、私もそう思います。ではペテロは一体誰とペアになったのでしょうか?兄弟のアンデレでしょうか?もしかするとイエス様は筆頭弟子のペテロとやがて自分を裏切るイスカリオテのユダとを組ませたのでは?と勝手な想像をします。徴税人だったマタイと熱心党員だったシモンをペアにしたかもしれません。弟子になる前のマタイはローマ帝国の手先となって税を取りたてていた人間、熱心党のシモンは憎きローマ帝国を滅ぼそうと狙っていた人間です。敵と味方の関係の二人でした。そんな二人をイエス様は敢えてペアにしたかもしれません。勝手な想像ですが興味は尽きません。 続きを読む →

新井秀校長説教集70~ともし火のたとえ~

2022年6月22日(水)

朝 の 説 教

- ともし火のたとえ-

『ルカによる福音書』8章16節

今日は「ともし火のたとえ」で、私は16節に絞って話をします。ここでイエス様が「ともし火」と言っているのは、おそらく当時の狭くて暗い部屋で灯(あかり)として用いられたランプのことでしょう。イエス様の時代、貧しい人の家はたった一間で窓は一つだけ。暗くて風通しの悪い家でした。その暗い部屋を明るくするために朝早くからランプが灯され、寝るまで灯され続けたようです。その灯を、「器で覆い隠したり、燭台の下に置いた入りする人はいない。入って来る人に光が見えるように、燭台の上に置く」筈だとイエス様は言っています。 続きを読む →

新井秀校長説教集69~種蒔きのたとえ~

校長

2022年6月17日(金)

朝 の 説 教

- 種蒔きのたとえ-

『ルカによる福音書』8章4~8節

イエス様は多くの例え話をされました。今日はその一つ「種蒔きのたとえ」です。芥川龍之介は『蜘蛛の糸』や『鼻』など、自ら多くの優れた短編小説を書きましたが、自殺の直前に書いた『西方(さいほう)の人』の中で、「イエスはたとえ話の名人だ」と称賛し、「特に『善きサマリア人のたとえ』と『放蕩息子のたとえ』は短編小説の極致だ」と絶賛しています。二つとも後で勉強しますので楽しみにしていてください。

今日の例えに出て来る〈種〉とは何の種でしょうか?福音の種です。イエス様の言葉です。その種が蒔かれる場所としてルカは、①道端、②石地、③茨の中、④良い土地、の4種類を挙げています。イエス様の言葉を聞く人間の心は様々だと言っているのです。4種類中3種類は実を結ばない訳で、イエス様の言葉を受け入れ、信じ、行動して実を結ぶ実は極めて少ないと言っています。たとえば、石地に落ちた種は「御言葉を聞くと喜んで受け入れるが、根がないので、しばらくは信じても、試練に遭うと身を引いてしまう人たちのことである」とイエス様は解説しています。 続きを読む →

新井秀説教集68~百人隊長の信仰~

2022年6月8日(水)
朝 の 説 教

- 百人隊長の信仰 -
『ルカによる福音書』7章1~10節

今日の聖書の主人公はローマの百人隊長です。百人隊長の役目は部下の100人の兵を用いてユダヤ人を監視し、騒ぎを起こさないように警戒することでした。ところがそんな彼が今日の出来事を通してイエス様からとても立派だと褒められています。一体彼のどこが立派なのでしょうか?三つ考えられます。 続きを読む →

新井秀説教集67~与えなさい~

校長

2022年6月3日(金)
朝 の 説 教
- 与えなさい -
『ルカによる福音書』6章38節

今学んでいるところは『マタイによる福音書』の〈山上の説教〉に対して〈平地の説教〉と呼ばれる所です。内容は同じで、人としてどう生きるべきかの教えがぎっしり詰まっている箇所です。イエス様の教えは実に積極的で、「どんどん良いことをしなさい」という教えです。「敵を愛しなさい」、「赦しなさい」、「与えなさい」等のようにです。孔子の教えに「己の欲せざる所は人に施す勿れ」とあります。またユダヤ教の律法の安息日規定では「働いてはならない」、「急病以外の病気は癒してはならない」、「900m以上歩いてはならない」とあります。どちらの教えも否定的で禁止事項ばかりです。ここからもイエス様の教えが如何に積極的で愛に満ちたものかが分かります。 続きを読む →