通信制課程 最後の卒業証書授与!

本日、通信制課程において、卒業証書の授与を行いました。

新型コロナウイルスの猛威が、世の中に様々な影響を及ぼす中、本日本校では通信制課程「最後」の卒業証書が授与されました。

第二校舎礼拝堂で行われた「式」というにはあまりに簡素化されたものでしたが、心温まる、非常に感慨深い一時でした。

これで本校の通信制課程は閉校となります。誠にありがとうございました。

そして、卒業された皆様、本当におめでとうございます❗

野球部3年生 祝卒業!『最後の校歌』

新型コロナウィルスの影響で、日程・規模を縮小して行われた卒業式。
野球部56期生も、3月1日(日)、母校を巣立っていきました。

秋の東北大会での大逆転負け。そして春の敗戦。そこから這い上がって掴んだ夏の甲子園。各教室での卒業証書の授与式から、56期生は室内練習場での「送る会」に出席、代表者6名が現役選手にメッセージを送り、スタッフに感謝の言葉を述べてくれました。

56期生は史上最も自主練習に取り組んだ代でした。決して突出した選手がいた代ではありませんでしたが、コツコツ、コツコツ一つずつ積み重ねていった56期生。聖光学院野球部史上に残る「職人」世代。

本当に素晴らしい代でした。みんなありがとう!

「特別な」卒業式。本当におめでとう!

新型コロナウィルスの拡大、内閣総理大臣からの休校要請という異例の事態が吹き荒れる中、「特別な」卒業式を行いました。各教室において担任から卒業証書を手渡す異例の「卒業式」。しかし、教員が各教室や廊下などに例年にはない装飾を施し、手作り感満載の温かな「卒業式」になったのではないでしょうか。

3年生には本当に申し訳ない。教職員一同、心からそう思っています。卒業生には新しい進路先で、頑張って欲しい。きっと君たちの人生の中で大きな意味を持つ聖光学院での3年間を原点に、素晴らしい人生のスタートを切って欲しいと願っています。

卒業生の皆さん、本当におめでとうございます!

新井校長説教集20~クリスチャンへの弾圧と拷問~

2020年2月21日

- クリスチャンへの弾圧と拷問 -

『ヨハネ黙示録』1:9

1 はじめに

1章9節後半の「わたしは、神の言葉とイエスの証しのゆえに、パトモス島と呼ばれる島にいた」に集中してお話します。

ローマ帝国は、皇帝崇拝に従わないクリスチャンたちを憎み、何度も弾圧しました。紀元64年に皇帝ネロによるクリスチャン迫害がありました。クリスチャンたちを捕らえては空腹の野獣の餌食にしたと伝えられている恐ろしい迫害でした。この時、弟子のペテロや使徒パウロが殺されました。更に95年には、皇帝ドミティアヌスによる大迫害がありました。ネロの迫害はローマ市内だけのものでしたが、ドミティアヌスの迫害は小アジアにまで及び、皇帝崇拝を拒否するクリスチャンは容赦なく殺されました。この迫害の中で、ヨハネはエペソの沖合に浮かぶパトモス島という孤島に流刑されました。孤島での孤独と苦痛の中で、愛なる神様から示された幻を書き留めたのがこの書です。

2 弾圧と拷問

いつの時代でも、上に立つ権力者は自分の言うことを聞かない者は憎い邪魔者です。戦前の日本では「治安維持法」があり、左翼思想家やクリスチャンは危険な思想の持ち主と言うことで、「特高」という警察に捕らえられて拷問を受け、殺されたりしました。

皆さんは小林多喜二という小説家を知っていますか?『蟹工船』という小説が有名です。三浦綾子さんが多喜二とその母セキのことを『母』という小説に書いています。セキは秋田の生まれ育ちですが、家が貧しく学校にも行けませんでした。16歳という若さで嫁に行き、やがて北海道の小樽に暮らしました。無学でも愛情一杯のお母さんでした。長男は多喜郎と言い、12歳の若さで死んでしまいました。多喜二は次男です。3つ上の姉がチマで、若い時に信仰を持ち、後に母セキを信仰に導きました。すぐ下の弟は三吾といい、音楽の得意な子でした。兄弟揃って頭が良く、多喜二は小樽商科大学を出て、北海道拓殖銀行に就職しました。多喜二は人一倍優しい性格で、初任給の半分を叩いて音楽好きな弟三吾のためにバイオリンを買ってやったそうです。また若い頃から文学に興味のあった多喜二は、仕事の合間には5行・6行と小説を書き進めました。多喜二は、劣悪な条件の中で暮らす労働者を書きました。作品の中に特高の残忍な拷問についても書いたので、特高の憎しみを買い、これが逮捕されるきっかけになりました。特高に尾行され、捕らえられ、何も悪いことをしていないのに危険な思想をもっていると拷問を受け、30歳の若さで死んでしまいました。太腿部を何度も千枚通しを突き刺さすような酷い拷問でした。愛する息子の突然の死、しかも不当な拷問による死を知った母セキの怒りと悲しみはいかばかりだったことでしょう。

暫くしてセキは、娘チマの勧めで小樽シオン教会の門をくぐります。字の読めないセキには聖書の話は大変でしたが、近藤牧師の優しく情熱的な話に次第に引き込まれていきました。何も悪いことをしていないイエス様が、殺される十字架の上から「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(『ルカ』23:34)の言葉にセキは感動しました。息子多喜二の死とあまりにも似ていたからです。

多喜二も聖書に詳しく、良く「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」(『ヨハネ』1:5)という聖書の言葉を口癖のように言っていました。母セキはやがて洗礼を受け、クリスチャンになりました。大好きな讃美歌は「やまじこえて」(21-466)でした。お葬式は敬愛する近藤牧師のもとで行われ、「天国で多喜二に会いたい!」と安らかに息を引き取ったそうです。

ヨハネが経験した弾圧や流刑、小林多喜二や母セキ・家族が受けたような不当な苦しみは二度とあってはなりません。このことを今日の聖書から心に刻み付けたいと思う者であります。

第5回「親子レゴロボ教室」は今年も熱気ムンムン! 

2月15日(日)に、本校を会場として「親子レゴロボ」教室を開催しました。

伊達市や福島市などの教育委員会が後援し、本校の電気科の教員が講師を務めて行われた親子レゴロボ教室は、20組40名の親子が来校し、大盛況のうちに幕を閉じました。参加者は皆、真剣に、楽しそうに、そして熱心に取り組んでくれました!

小さい頃遊んだ『レゴ・ブロック』。懐かしいですよね!

今後小学校ではプログラミング教育が必修化されます。このレゴブロックには無限の可能性が秘められていますね。小さなブロックパーツが人の手にかかれば、リアルな食べ物や巨大な建造物に大変身!

近年、教育分野で注目されているのが、レゴを使ったロボットプログラミングです。組み立てたレゴブロックをプログラミングして本格的なロボットが作成できる『レゴ マインドストーム 』は、高校の授業や子供向けのプログラミング教室などにも採用されています。もちろん本校でも取り組んでいます。本格的な大会にも出場しています。

参加者は皆、真剣な表情。色々なアイディアを出しながら、親子で取り組んでいく。そしてコンピュータを使ったプログラミング。時間が経つのを忘れるかの如く、充実した時間を過ごしていただいたようです。

参加者のみなさん、上手くいきましたか⁉ ご参加いただき、本当にありがとうございました!

大盛況!だてなものづくりスタジオ開催!

伊達市や福島市の教育委員会などが後援し、本校を会場として行われた「だてなものづくりスタジオ」が、15日(土)に開催されました。20組40名の伊達市や福島市内から親子が集まり、ミニ四駆製作やこけしの絵付け、組子細工、表札づくりなどを行いました。

この企画は、(有)白井木工所・飯坂山根屋・KOIKEDESIGN様のご協力を頂き、本校の機械科教員が運営する地域貢献事業です。

参加頂いた親子は、楽しそうに会話をしながら、そして真剣な表情で親子で協力してそれぞれの作品を製作、完成した時の嬉しそうな表情は輝いていました!

参加されたある保護者は「子供の遊びというとテレビゲームなどが主流になってきている中で、親子でこのように‟モノ‟を作るという機会はなかなかなかった。とてもいい時間を過ごすことができた」と話して頂きました。

参加された皆様、そしてご協力いただいた企業の皆様、本当にありがとうございました!

<どんなことをしたの?>
ROOM 1
「君は小さなメカニックマン! 楽しくミニ四駆を作ろう」
対象:小学3年生~4年生

ROOM 2
「けずる・はかる・ほる! ”手わざ”から学ぶオリジナル表札つくり」
対象:小学3年生~6年生

ROOM 3
「伝統こけし工人から学ぶ、こけし絵付け教室」
対象:小学3年生~6年生

ROOM 4
「福島発見、組子コースター制作を体感して日本の伝統工芸
”組子細工”を体験しよう!」
対象:小学3年生~6年生

新井校長説教集19 ~使徒ヨハネの人生~

2020年2月14日(金)
朝 の 説 教
- 使徒ヨハネの人生 -
『ヨハネの手紙三』13~15

1 はじめに

今日は手紙の最後の部分です。ヨハネの思いが短い言葉に凝縮されています。手紙ではなく近い内に直接訪問したいこと、受取人のガイオや教会の仲間に平和(平安)があること、主にあって仲良く暮らすように、と書いています。ヨハネは、イエス様の弟子になったばかりはとても怒りっぽく、「雷の子」と呼ばれていましたが、今や「愛の使徒」と呼ばれる程に成長し、変えられています。イスカリオテのユダを除く11人の弟子たちは、皆、苦難と忍耐の生活を送りました。ヨハネもそうでした。しかし、パウロが「わたしたちは知っているのです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を産むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません」(『ローマ』5:3-5)というように、苦難を忍耐し、最後には希望に満ち満ちた生涯を送りました。日本でも昔から「艱難汝を玉にす」と言います。人生の苦難は出来たら避けたいものですが、愛なる神様は、私たちを訓練するために苦難をお与えになるお方であります。

2 奇跡の人

見えない・聞こえない・話せない、の三重苦を克服したヘレン・ケラーのことを知っていますか?彼女の生涯を描いた戯曲があり、日本語では「奇跡の人」と訳されています。そのためか「奇跡の人」とはヘレン・ケラーのことと誤解されますが、原題は「The Miracle Worker」、直訳すれば「奇跡の働き手」であり、ヘレンを家庭教師として支え続けたアン・サリバン(サリバン先生)のことです。彼女の人生こそ「艱難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を産む」を実証する人生でした。

サリバン先生がアメリカで生まれたのは1866年、日本では江戸時代の末期です。アイルランド系移民の貧しい農家の子として生まれました。貧しさと栄養失調のために3歳の時にトラコーマに罹り失明しました。9歳で母を亡くし、弟も結核で亡くなりました。「これでもか!」という苦難の連続です。失望したアンは一切の食事を摂らずに自殺しようとしました。でも入院した病院で、バーバラ神父やクリスチャンの看護士が毎日聖書を読んでくれたことから、少しずつ心を開くようになりました。アンは14歳で盲学校に入りました。学校に訪ねてきた親切なクリスチャンの新聞記者の助けで目の手術を受け、かなり見えるようになりました。努力家のアンは、パーキンス盲学校の卒業式で、卒業生代表でスピーチを行いました。卒業後、21歳の時に電話を発明したベル氏の紹介で、当時6歳だったヘレン・ケラーの家庭教師を始めました。それ以来70歳で亡くなるまでの49年間、サリバン先生は自分の名誉も地位もかなぐり捨てて、ひたすらヘレン・ケラーをわが子のように、また妹のように愛し続け、涙と祈りの内に育て上げました。サリバン先生はいかなる時にも失望せず、挫折せず、挫けず、三重苦のヘレン・ケラーを「光を掲げる偉大な魂」にしました。このサリバン先生の献身的な努力は、全く世界の驚異でした。奇跡です!でもその背後に、ヨハネが何度も述べてきたこと「言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう」(『ヨハネの手紙一』3:18)の愛の実践があったことを忘れてはなりません。このように神様は、愛の御計画の内に我々に愛の訓練を与えるお方なのであります。

後年、ヘレン・ケラーがテンプル大学から博士号を授与された時、その隣でサリバン先生もまた博士号を授与されたのでした。神様からのご褒美ですね。「善かつ忠なる僕よ、よくやった!」という神様のお声が聞こえるようであります。

スペシャルインタビュー 山本真弥×紺野まりあ 掲載!

スペシャルインタビュー

山本真弥(3年普通科進学コース 桃陵中)
福島大学行政政策学類 合格
                ×
              紺野まりあ(3年普通科進学コース 白石中)
福島県立医科大学看護学部 合格

 「目標ってやっぱり大事!」

Q どんな高校生活でしたか?

Y なかなか成績が伸びない時期もありましたが、先生や友達が力になってくれて乗り切ることができました。特に2年生の頃は苦労しましたね。勉強量に比べてなかなか成績が伸びなかった。「受験まであと1年ある」という変な余裕があったのが原因ですかね。

 特に英語の勉強には苦労しました。でも、担当の先生といろいろ話して、先生から特別にプリントなどを作ってもらったりしましたね。悩みながら進んでいきましたが、センターの1年前になると目標が定まった感じで成績が伸びていきました。

K 私の転機は2年生の夏に福島医科大のオープンキャンパスに行ったことですね。なんとしてココに行きたい!って強烈に思ったんです。オープンキャンパスの帰りには、親や担任の先生に「私、絶対ココに行く!」って宣言しましたから。その頃はまだ全然成績も足りていなかったので、先生からも「まあちょっと落ち着け」みたいな(笑)。でも、私も目標が定まってからは明らかに意識が変わったと思います。やっぱり目標って大事ですね!

 自分のペースで、自主的にできる。そこが魅力!

Q お二人は「スーパースカラシップ制度」での入学でした。

Y はい。最初特待生のお話しを頂いたときには、「まさか私が?」と思ったのですが、将来のことを考えても、また高校に入って勉強の環境もいいなと思って聖光に決めました。聖光学院のスカラシップは、自分のペースで、自主的に勉強を進めることができるのがいいですね。最初の方は勉強のやり方がよく分からなかったのですが、進めていくうちにだんだん自分にあったやり方が分かってきて、効率よく勉強を進めることができました。

K 私の場合はとにかく「特待生」ということが嬉しかったですね。中学校時代から看護師になりたかったので、そのためにはどうすればいいか。やっぱり大学に行ってちゃんと勉強したい、という想いが強くて一番いい選択肢が聖光学院だと感じました。聖光ではブロードバンド予備校の講義を受けることができるのですが、それを自分のペースで、分からない所は何回でも授業を受けられる。普通は同じ授業を何回も受けらないじゃないですか!私、多い時は7回も同じ講義を観ちゃいました(笑)。それって特権ですよね。

それと、普通に予備校とか行くと凄くお金がかかりますよね。それが無料って、凄くないですか? 

Y そうそう! 私たちの場合は授業料も減免されたし、それで予備校の授業が見放題ってすごくお得ですよね!

白石は通学圏内!仙台に行くより近いんです。

Q 紺野さんは白石ですよね?

K そうです。白石から聖光に来ることに特別な不安はなかったです。聖光っていろいろな所から生徒が集まっていますし。でも、白石の中学生だった私にとって聖光って「甲子園」のイメージしかない。はっきり言ってどこにあるのかも分からない(笑)。でも、受けてみて、通ってみて、凄くいいですよ。初めは朝が大変でしたけど、3年生になってからは始業時間が変わって今ではラクラクです。最初は始発電車だったんですが、今は7時50分白石発で、電車に乗っている時間は25分。伊達駅からは徒歩5分で、地元の学校に自転車で行くのとそんなに変わらないんじゃないかな・・・。それに仙台に行くより全然近いし、思い切り通学圏内ですよ!

明るくて、アクティブ。それが聖光学院!

Q 聖光での高校生活はどうだった?

K 聖光は凄く明るくてアクティブな感じ。クラスには全国大会を目指す運動部の生徒もいっぱいいる。みんな頑張っているんですね。だから私が頑張るのは何か!って考えさせられるんですよね。部活やっている人って時期によってはすごく疲れている時ってあるじゃないですか。じゃあ、私は? 私はあそこまで頑張っている?って思うんですね。そこはすごくいい刺激をもらっていました。

Y 私も部活やっている生徒を見て、「いいな」って思う部分もあったけど、聖光は行事も多いし、特に学院祭は楽しかったな。クラスのみんなと協力して「ポケモンGO」をもじって「聖光学院GOモンスター」を略して「学モンGO」っていうのをやったんですけど(笑)。特に3年に1回の学院祭だったので、ホントに楽しかった。

K 他にもマラソン大会や競技大会もありましたけど、楽しかったなぁ。でも10月から11月に集中するんで、春にも何かあるといいな、と思いますね。

 それと、担任の我彦先生には助けられましたね。先生は延々と私の話しを聞いてくれて。その上で適切なアドバイスをくれました。聖光の先生っていい先生多いですよ。心が折れる時もあったけど、先生たちに救われましたから。

Y そうだよね! 先生と生徒の距離感がちょうどいいというか。凄く話しやすいんですよ。

K やる気を引き出してくれるというのかな。凄く素敵な先生が多いですよ!

 「地域に貢献できる公務員に」

    「患者さんを笑顔にできる、そんな看護師に」

Q 将来の目標は?

Y 私は福島大学の行政学類でしっかり学んで、自分をスキルアップをさせたい。将来は公務員になりたいなと思っているのですが、しっかり地域に貢献できる人になりたい。福島大学は1年次は結構自由度が高いと聞いているので、何をやりたいかをしっかり探して、2年次からはその専門知識を学びたいですね。

K 福島医大にもいろいろな人が集まってくると思うんですよ。私はまずいろいろな人と関わって見識を高めたい。夢だった看護師に、それもスキルの高い看護師になるためにしっかり勉強したいですね。患者さんに寄り添うことのできる、患者さんを少しでも笑顔にできる看護師になります! とにかく今は大学4年間がとても楽しみです!

「聖光が好き。」 

                        母校をそう言える3年間は、素敵だと思う。

Q では最後にメッセージを!

Y 聖光って「部活」のイメージが強いですけど、やっていなくても全然大丈夫。周りは結構個性強いけど(笑)、その分楽しい。行事も多いし、クラスのみんなと交流するのは楽しかったですね。私の家は保原なんですけど、スクールバスもあるし通いやすいです。それに聖光ってキリスト教主義じゃないですか。これは他の学校にはない大きな特色ですよね。

K そうそう!ほかの学校に行った友達に、「聖書」読んだことある? 「クリスマス」ってどういうものだか知っている?なんて聞けちゃうのもメリット?(笑)かな?礼拝で聞ける話しも新鮮でいいですよ。

Y あと、いろいろな所から人が集まっているから、方言とか、価値観ってやっぱり違うんですよこれって結構面白いですよね。そこも聖光の魅力かな!

K それと、白石地区の皆さん! 聖光って県外だし、友達もできるか不安だし、ドキドキすると思うけど、そこは私立、みんな同じです。聖光の魅力って、自由度が高いところだと思うんです。学院祭の時も白石の友達が来てくれたんだけど、「うちの学校ではこんなこと出来ないよ」って言っていましたから。私は、この3年間で、本当に聖光が好きになりました!

山本さん、紺野さん、今日はありがとうございました。紺野さんの卒業が近くなってきて少し寂しい、という言葉が印象的でした。とても頑張ったお二人の、卒業後の活躍を心から祈っています!