新井秀校長説教集29~耳が聞こえず舌の回らない人をいやす~

2020年6月29日(月)

朝 の 説 教

-耳が聞こえず舌の回らない人をいやす-『マルコ』7章31節~37節

・はじめに・・・イエス様と弟子たちは、長い伝道旅行を終えて、久しぶりにガリラヤ湖に戻って来ました。すると人々が、耳が聞こえず口がきけない人を連れて来て、その上に手を置いてくださるようにと願いました。「手当て」です。手の平は適度な温度と湿気があり、静電気も発しますので、手を当てることで患部の血行を良くし、時には病気を癒す効果があります。人々とは、この病人の友達かもしれません。何とか耳も口も使えない友達の病気を、今評判のイエス様に癒して欲しいと思ったのでしょう。イエス様は「エッファタ!」(開け)と言ってその病気を癒されました。 続きを読む →

新井秀校長説教集28~妬みの罪~

2020年6月25日(木)

朝 の 説 教

妬みの罪(『マルコ』7章14節~23節)

 

  • はじめに
    ユダヤの指導者たちは、イエスに何か問題行動がないかをずっと監視していました。あれば、捕らえて、裁判にかけて、殺そうというのです。人の良い所を見ようとする暖かい眼差しではなく、どこか悪いところはないかと裁きの目で見る、何と冷酷で人間味のない眼差しでしょうか!彼らは、イエスの弟子たちが、手を洗わないで食事をすることを見つけました。早速「どうしてあなたの弟子たちは汚れた手で食事をするのか」とイエスに詰問します。ユダヤ人は実に念入りに手を洗いました。まず片方の手を上にして少しの綺麗な水を注ぎ、もう一方の手で握り拳を作り、それでごしごしと擦りました。次に手を下に向けて綺麗な水を注いでそれを洗い流したのです。またユダヤ人は神聖な安息日の前日には、身体を水で洗いました。動物を食べるにも、食べて良いものと食べてはいけないもの(汚れたもの)の厳重な区別があり、それを忠実に守っていました。2000年経った今でもです。例を挙げると豚肉やイカです。豚肉がなかったら美味しいベーコンも、ハムも、ソセージも、それに大好きな名古屋の味噌カツも会津のソースカツも食べられません。私はイカも大好きです。教師になって初めての修学旅行で函館に行き、イカのお寿司を食べた時の美味しさは今も忘れられません。民族によって考え方は様々ですね。

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新井秀校長説教集27 ~狭き門から入りなさい~

2020年6月10日(水)
朝の礼拝

〈狭き門から入りなさい〉 『マタイ』7:13~14

1 はじめに

私が初めて「狭い門から入りなさい」というイエス様の言葉に出会ったのは、高校2年生の時でした。アンドレ・ジイドの書いた『狭き門』という小説を読んだ時です。本の表紙を開けると、『ルカ』13:24から古い文語訳で、「力を尽くして狭き門より入(い)れ」と書かれてありました。高校生ながらに、狭き門とは一体何なのだろうと思いました。難関大学に合格するとか司法試験に合格するというようなことではなく、イエス様のこの言葉は、何か人の生き方・考え方に深く関わることではないかと思いました。 続きを読む →

新井秀校長説教集26~「ともし火」のたとえ~

2020年6月3日(水)

<「ともし火」のたとえ〉『マルコ』4:21~23>

1 はじめに・・・イエス様は、ともし火と秤(はかり)のたとえを使って、神の国はどのようなものであるかを話されました。短い時間なので、ともし火のたとえについてだけ話します。イエス様の時代、オリーブ油を燃やすのが唯一の灯でした。か細い灯でした。それを燭台の上に置き部屋中を照らしました。 続きを読む →

新井秀校長説教集24 ~安息日に麦の穂を摘む~

2020年5月21日(木)

〈安息日に麦の穂を摘む〉『マルコ』2:23~28

1 はじめに・・・今日も放送による礼拝です。今日の聖書のお話は今から約2,000年前、カファルナウムという町で安息日(土曜日)に起こったことです。イエス様の弟子たちは余程お腹が空いたのでしょう。黄金色に色づいた他人の麦畑に入り、麦の穂を摘み、手で揉んで食べました。それを見ていたファリサイ派の人々がイエス様に対して「あなたの弟子たちはとんでもないことをしている」と注意したところです。ユダヤは寛大な国で、旧約聖書の『申命記』23:26に「隣人の麦畑に入るときは、手で穂を摘んでもよいが、その麦畑で鎌を使ってはならない」とあり、また23:25には「隣人のぶどう畑に入るときは、思う存分食べても良いが、籠に入れてはならない」と規定されています。 続きを読む →

新井秀校長説教集23 ~重い皮膚病を患っている人を癒す~

2020年5月8日(金)
朝 の 説 教
〈重い皮膚病を患っている人を癒す〉『マルコ』1:40~45

今日も放送による礼拝です。久しぶりに登校して友達や先生に再会でき、嬉しいことでしょうね。ゴールデンウイークを挟んで、自由に外出も出来ず制限付の辛い毎日だったことでしょう。私が特に心を痛めたのはインターハイの中止です。多くの3年生運動部員や顧問が突然目標を奪われ、終了を宣告されたのです。どんなに辛く怒りに満ちた思いかと想像します。何故自分たちの学年だけ「貧乏くじを引く」ことになったのかと思ったことでしょう。

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新井秀校長説教集21 ~行いをもって誠実に愛し合おう~

                 2020年4月8日(水)1学期始業礼拝

- 行いをもって誠実に愛し合おう -
『ヨハネの手紙 一』3:18

1 始業にあたって

新2年・新3年の生徒諸君、お早うございます!君たちの顔が見えないのは
残念ですが、放送を通して語り掛けることが出来る幸いを感じています。感染
拡大のために3月2日から自宅学習となり、そのまま春休みに入りましたので、1か月以上の長い休みになりました。久しぶりに友達に会えて嬉しいことでしょう。感染拡大は収まる気配がなく、日本でも「非常事態宣言」が出される程です。これからも自分に出来ることを確実におこなって、自分の身を守り、加害者になることも防ぎましょう。明日入学式があり、明後日から通常の授業に入ります。久しぶりの授業再開ですが緊張と期待をもって迎えましょう。

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新井校長説教集20~クリスチャンへの弾圧と拷問~

2020年2月21日

- クリスチャンへの弾圧と拷問 -

『ヨハネ黙示録』1:9

1 はじめに

1章9節後半の「わたしは、神の言葉とイエスの証しのゆえに、パトモス島と呼ばれる島にいた」に集中してお話します。

ローマ帝国は、皇帝崇拝に従わないクリスチャンたちを憎み、何度も弾圧しました。紀元64年に皇帝ネロによるクリスチャン迫害がありました。クリスチャンたちを捕らえては空腹の野獣の餌食にしたと伝えられている恐ろしい迫害でした。この時、弟子のペテロや使徒パウロが殺されました。更に95年には、皇帝ドミティアヌスによる大迫害がありました。ネロの迫害はローマ市内だけのものでしたが、ドミティアヌスの迫害は小アジアにまで及び、皇帝崇拝を拒否するクリスチャンは容赦なく殺されました。この迫害の中で、ヨハネはエペソの沖合に浮かぶパトモス島という孤島に流刑されました。孤島での孤独と苦痛の中で、愛なる神様から示された幻を書き留めたのがこの書です。

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